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2008年12月28日 (日)

小島ゆかり・評 『鴎外・茂吉・杢太郎…』=岡井隆・著

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◇『鴎外・茂吉・杢太郎--「テエベス百門」の夕映え』
 (書肆山田・5040円)

 ◇「大都」たる創作者三人の森へ分け入る
 サブタイトルは、杢太郎が鴎外を評した言葉「森鴎外は謂(い)はばテエベス百門の大都である」に由来する。テエベスとは古代エジプトの首都テーベのことらしい。そして著者は、杢太郎も、さらに彼らとさまざまな関(かか)わりをもつ茂吉もまた、容易には全貌(ぜんぼう)の見えてこない百門の大都テエベスであると語り始める。

 三部構成の本書の大半を占める「1」の部分(歌誌『未来』に連載された評論)について、「あとがき」で次のように記す。

 「ここでわたしが話そうとした物語の主人公は、鴎外森林太郎、太田正雄こと木下杢太郎、そして斎藤茂吉の三人である。(中略)しかし、物語の本当の主役は〈時代〉の雰囲気だったのではあるまいか。明治という時代が終り、大正時代が始まる。そして第一次世界大戦に入って行く。簡単に一つのコンセプトでは律し切れない過渡期である」

 それはそのとおりであろう。しかしこの「〈時代〉の雰囲気」という言葉にこめられた思いはそう単純ではない。たとえば、「鴎外論」「茂吉論」「杢太郎論」など個々の評論では見落としてしまうもの、また三人をめぐるエピソードの集積では届かないものがあることを、著者ははっきりと意識している。

 本書に先立って刊行された『「赤光」の生誕』(書肆山田)、『歌集「ともしび」とその背景』(短歌新聞社)との三部作をもって示した評論のスタイルは、分析し検討し構築してゆく多くの評論とは異なる。むしろ回り道寄り道をしながら、著者自身の磁石をもって森の内部へ分け入ってゆくような方法である。なぜなら、創作者の内部を突き動かす得体の知れぬ情熱は、しばしば年譜の行間の空白に、作品の背後の暗闇に潜んでいることを、著者は体験的に熟知しているからだ。そしてわたしは、岡井隆にもっともふさわしいと思われるこのスタイルが、いよいよ豊かな実りをもたらしたことに深い敬意を覚える。

 分厚い本だから、簡単に要約することなどできないが、少しだけ内容にふれておこう。

 まず、鴎外の「我百首」の全注。用語を含めて難解なところの多い鴎外の短歌に対する独自の鑑賞が興味深い。そして「『我百首』が、定型の短歌でありながら、訳詩のような匂(にお)いをただよわせているのは、案外その作られた時間(鴎外独特の時間)のせいかもしれない」と結ぶ「『ハアゲマン』の一夜」(ハアゲマンはドイツの演劇人)は、一篇のエッセイとして読んでもすばらしい。

 また、茂吉の第二歌集『あらたま』の中の祖母の死をめぐる連作の読み解き。現実には伯母であった「祖母」の歌における、事実と詩的虚構の問題。一方で『あらたま』をテキストとしながら、人間を超越する行為としての「瞑想(めいそう)」や「遊行(ゆぎょう)」について考え、さらに杢太郎の満州赴任へと論は進む。

 医学者であり文学者であった三人にとって、医業も文学もどちらも「生きる」ための副業(つまりディレット)なのだったと言い、しかし杢太郎だけが皮膚科学といった外科系の学問であったことが、衛生学者鴎外、精神病医茂吉とは違った条件を生んだのではないかとの視点は、同じく医学者であり、文学者である岡井隆ならではのものだ。

 杢太郎の友人山崎春雄を探(たず)ねる経緯が伏流水のように流れ、三十代以降、医師太田正雄の影にひっそりと息づいて長い夕映えの中に生きた詩人杢太郎の姿を浮かび上がらせる。

 アララギを源流とする前衛歌人、岡井隆もまた、わたしには百門の人に思われる。

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