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2009年1月 9日 (金)

社説 ことしの世相 手を携えて凍えを解こう

職に就けない大卒男性の奔走を描いた小津安二郎監督の無声映画「大学は出たけれど」が公開されたのは一九二九年、世界恐慌の年だった。

 いま、「大学を出る前に」就職の内定が取り消されている。

 工場は閉鎖され、働く場は奪われ、平穏な暮らしへの願いは、引きちぎられる。私たちは、歴史的な猛吹雪のただ中にある。

 この一年で、株価や為替、原油価格などを示す折れ線グラフは、遊園地のジェットコースターの軌道をなぞるように急角度を描いた。その変動ぶりに目がくらみ、立ちすくむ。

 深い失墜感の中、年が暮れようとしている。

*決壊を食い止めねば

 夏の「アキバ」の交差点。現代の日本を象徴する東京・秋葉原で、惨劇は起きた。暴走するトラックとダガーナイフで七人の命が奪われた。

 元派遣社員の容疑者の「ネットで無視された」「誰でもよかった」との供述は他者の理解を拒絶する。

 元厚生事務次官宅への連続襲撃事件も、動機は「保健所に殺された愛犬の敵討ち」だった。

 深い孤独と周囲への強い敵意がざらりとした存在感を残す。

 不条理な殺傷事件の連鎖を予見した小説「決壊」の中で、作者の平野啓一郎氏は主人公にこう語らせる。

 「結局、遺伝と環境の不公平はどうにもならない。最初から与えられている人間のようにはなれない」

 首都圏などで、米国を模して周囲に塀を巡らし、入り口に「城門」を設けたゲーテッド型と呼ばれるマンションが売れている。安全、安心を買える層と、その他の層との間に、越えがたい壁が築かれつつある。

 七十五歳以上のお年寄りは、後期高齢者として切り離された。

 年金記録の組織的改ざんは社会保障への信頼を根底から揺るがした。

 億単位の生活保護費を詐取した滝川の夫婦に実刑が言い渡された。悪意に毅然(きぜん)とした態度をとれなかった市役所は、国への返済という重いツケを払わされる。

 振り込め詐欺集団が暗躍し、息子や娘と離れて暮らす老夫婦の孤独につけ込む。耳が聞こえないふりをして、身体障害者手帳を不正に取得する。寒々とした土壌を憂う。

 大学生や高校生にまで、大麻汚染が広がった。大分県教委では、校長や幹部職員の間で汚職が慣習化していたことも発覚した。

 社会のきしむ音が聞こえる。決壊を食い止めなくてはならない。

*立て直しの知恵紡ぐ

 中国製冷凍ギョーザによる中毒事件や産地偽装-。食の安全も脅かされ続けた。カビや農薬で汚染された事故米が野放図に流通し、国の無責任体制をあぶり出した。

 危機のときこそ国民を救う責務がある政治は、無為に時を過ごした感がある。二年連続の首相の政権投げ出しという異常さも、既視感の中に消化されていく。

 ぐらつく政治のすきを突くように、航空自衛隊の制服組トップが日本の侵略戦争を正当化する論文を公表し、文民統制が問われた。

 スタンピード現象という言葉がある。家畜集団が狼狽(ろうばい)して同じ方向にどっと疾走するさまをさす。株価の暴落も投機資金が市場から一気に逃走して起きた。

 だが、庶民は日々を生きることから逃げ出すわけにはいかない。

 敗戦を上海で迎えた作家武田泰淳は、滅亡はより大きな知恵の出現につながるといった。

 苦境を嘆いてばかりはいられない。サブプライムローンという浅知恵は破たんした。暮らしを立て直すための知恵を紡ぎ出そう。

 洞爺湖に集った世界の首脳が確認した地球を守る誓いを本当に実現できるか。難しい宿題も残っている。

 アイヌ民族は先住民族だと国会が決議した。権利回復を確かなものにするのはこれからだ。

*「共感」を手がかりに

 一度に四人の日本人科学者がノーベル賞を受賞した。北京五輪では、柔道の上野雅恵選手の連覇を含め、道内勢が四つもメダルを獲得した。

 輝く笑顔にずいぶん励まされた。

 日本ハムのパ・リーグ王者返り咲きとコンサドーレ札幌のJ1復帰は、来年の楽しみにしたい。

 この冬、登別に一軒の「地域食堂」が店開きした。町内会有志が運営し、主婦が手作りした料理を五百円以下で出す。温かな食事を仲立ちにお年寄りと子供の会話が弾む。

 理事長の対馬敬子さん(60)は「もうけはないの。でも、私たちも元気をもらえますよ」と笑う。同じような地域食堂は道内で十軒を数える。

 経済学者の堂目卓生(どうめたくお)氏は、「国富論」で自由競争の効用を唱えたアダム・スミスのもう一つの名著「道徳感情論」に着目する。

 その中で、スミスは他者の幸せを自分にとっても必要なものと感じる「共感」こそが、社会に幸福をもたらすと説いた。時を超え、いまに生きる思想だろう。

 穏やかに、根気よく、凍えた世界をほぐす風を吹かせたい。 北海道新聞

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